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私ではなくキリストⅥ(東洋からの風の便りIII)

「一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス・キリストを通して生き、支配するようになるのです。」(ローマ5:17)

主にあってその偉大な力によって強くなりなさい!(2)

以下の記事を補足するため、オースチンスパークス、「王国の福音 第1章」から付け加えます。

それにしても、「贖い」という言葉がどれほど私の内なる霊の喜びをかき立てるでしょうか…。どれほどの神への信頼を増し加えるでしょうか。すべては私の功績によらず、御子の功績によるのです。そして御子は私たちに必要なことの全てをすでに成し遂げて下さったのです。ああ、御子の贖いの偉大さよ、その贖いのはかりしれない意義よ、主よ、あなたが私を買い取って下さったその御業は、どんなに感謝しても、到底、感謝したりないのです…。
 

贖いの使命

キリストの使命は贖いの使命でもありました。御子の地位に関する神のこの普遍的御旨の光の中で見る時、この 「贖い」という言葉は何と大いなるものになることでしょう。男女だけでなく、地球全体と宇宙全体がイエスの血によって贖われるのです。この贖いの栄光が宇 宙に現される日が来ます。

 

再構成する使命

次に、イエスの使命は再構成する使命でした。もちろん、これは新約聖書全体にわたっています。彼はあなたや私 に対して、彼の主権的支配の下に来たご自分の者たちに対して、何をしておられるのでしょう?キリストにあって神の主権の下に来た私たちに何が起きているの でしょう?私たちはまさに再構成されつつあるのです。これがすべてです。私たちは先に進めば進むほど、どれほど再構成が必要か学ぶようになります。

事態は ことごとく悪くなり、すべてが不調です。私たちにはそれを正すことはできません。この編み物全体を再構成するために何かがなされなければなりません。です から、試みや試練、苦しみや逆境や苦難における、神の霊による私たちの取り扱いはみな、神の王国のために再構成する働きなのです。破壊的働きに思われるこ ともありますが――建てる前にゴミや瓦礫を取り除かなければならないのも事実です。破壊と建造というこの二つの働きは、再構成というこの一つの働きの二つ の面なのです――しかし、苦しみを通して王国を受けることがわかります。

「私たちは多くの艱難を通して神の王国の中に入らなければなりません」(使徒14:22)と明確にはっきりと 述べられているのではないでしょうか? さて、王国は一つの領域であるという主要な解釈の先に進んで、この艱難はあなたを主のこの主権的支配の中にもたらす ことを見ることにしましょう。艱難は大いに益があり、大いに栄光に満ちており、とても素晴らしいものであることがいずれ明らかになります。<…>。「多くの艱難を通して、私たちは王国に入ります」。私たちはこの相続財産の中に入りつつあり、この主権的支配の中に入りつつあるのです。

 

王国の良い知らせ

「神の王国」という言葉の説明は以上です。そこから包括的に生じるものは何でしょう? 「この王国の福音」「この神の主権的支配についての良い知らせ」 です。神の主権的支配は良い知らせなのです! この良い知らせは、今の経綸に関する使徒たちや教会の使信全体を含んでいます。

それは王国の良い知らせです ――御座が存在しており、主がこの御座に着いて支配しておられる、という良い知らせです。まず、この良い知らせを宣べ伝える時の最も基本的な面は、御座が 存在していること、そしてこの御座にイエス・キリストが着いておられるということです。その権威は彼に与えられました。この権威はとても現実的なもので す。聖霊はこの権威もしくはイエス・キリストの主権と連携して、私たちやこの世界の中ですべてのことを行っておられます。

旧約聖書から一つの絵図を挙げましょう――バビロンにいたイスラエルです。バビロンは大きくて巨大な世界帝国 であり、イスラエルの民は打ちのめされ、散らされ、打ち砕かれ、粉々にされて、絶望の中にありました「異国の地でどうして主の歌を歌うことができよ う?」(詩篇137:4)。彼らはこの状況に絶望して、自分たちの琴を柳の木にかけました。

しかし聞いて下さい!一人の預言者が
「あなたたちのために私は 人をバビロンに遣わして、その貴人たちを引きずり下ろす」と語ります(イザヤ43:14、改訂訳欄外)「あなたたちのために」――あなたたちのために――打ちのめされ、打ち砕かれた、希望のない民のために主はこれを行って下さるのです。世界最強の帝国の一つだったバビロンがこのように投げ倒されて滅ぼされたのは、この惨めな、さげすまれている、うちのめされた捕囚の民のためだったのです

さて、この事例を今日に適用して、この御座は今も歴史の中に働いていることを理解して下さい。屈強の世界的勢 力といえども、教会のゆえに粉々にされ、打ち砕かれ、崩壊するでしょう。反キリストに手綱がわたされるでしょう。彼は「神と称されるあらゆるものの上に自 分自身を高く上げ、神の宮の中に座して、自分こそ神であると宣言する」(2テサロニケ2:4)ことを許されます。何人といえどもこれ以上のことをなしえる でしょうか? 反キリストはこれほどのことを行う自由を与えられるのです。

しかし次に、反キリストはキリストご自身の臨在によって打たれ、滅ぼされます。
キ リストの主権の内在的力がことごとく示されるには、それ以外のあらゆる力が現れるのを許す必要があるからです。悪魔は遠い道のりを行くことを許されます が、その背後には常に御座があります。この御座は告げます、「できるだけ先に進みなさい。しかしその後ただちに、私はあなたを滅ぼそう」。これが主の主権 についての良い知らせです。
 

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