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私ではなくキリストⅥ(東洋からの風の便りIII)

「一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス・キリストを通して生き、支配するようになるのです。」(ローマ5:17)

私は主によって大いに楽しみ、 私の魂も、私の神によって喜ぶ

神である主の霊が、わたしの上にある。
はわたしに油をそそぎ、
貧しい者に良い知らせを伝え、
心の傷ついた者をいやすために、
わたしを遣わされた。

捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、
主の恵みの年と、われわれの神の復讐の日を告げ、
すべての悲しむ者を慰め、
シオンの悲しむ者たちに、
灰の代わりに頭の飾りを、
悲しみの代わりに喜びの油を、
憂いの心の代わりに賛美の外套を
着けさせるためである。
彼らは、義の樫の木、
栄光を現すの植木と呼ばれよう。

彼らは昔の廃墟を建て直し、
先の荒れ跡を復興し、
廃墟の町々、代々の荒れ跡を一新する。
他国人は、あなたがたの羊の群れを
飼うようになり、
外国人が、あなたがたの農夫となり、
ぶどう作りとなる。

しかし、あなたがたはの祭司ととなえられ、
われわれの神に仕える者と呼ばれる。
あなたがたは国々の力を食い尽くし、
その富を誇る。
あなたがたは恥に代えて、二倍のものを受ける。
人々は侮辱に代えて、その分け前に喜び歌う。
それゆえ、その国で二倍のものを所有し、
とこしえの喜びが彼らのものとなる。

まことに、わたしは公義を愛する主だ。
わたしは不法な略奪を憎む。
わたしは誠実を尽くして彼らに報い、
とこしえの契約を彼らと結ぶ。
彼らの子孫は国々のうちで、
彼らのすえは国々の民のうちで知れ渡る。
彼らを見る者はみな、
彼らが主に祝福された子孫であることを認める。

わたしはによって大いに楽しみ、
わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。
主がわたしに、救いの衣を着せ、
正義の外套をまとわせ、
花婿のように栄冠をかぶらせ、
花嫁のように宝玉で飾ってくださるからだ。
地が芽を出し、
そのが蒔かれた種を芽生えさせるように、
神である主が義と賛美とを、
すべての国の前に芽生えさせるからだ。(イザヤ第61章)


* * *
主は、油そそがれた者クロスに、
こう仰せられた。
「わたしは彼の右手を握り、
彼の前に諸国を下らせ、
王たちの腰の帯を解き、
彼の前にとびらを開いて、
その門を閉じさせないようにする。

わたしはあなたの前に進んで、
険しい地を平らにし、
青銅のとびらを打ち砕き、
鉄のかんぬきをへし折る。
わたしは秘められている財宝と、
ひそかな所の隠された宝をあなたに与える。

それは、
わたしがであり、あなたの名を呼ぶ者、
イスラエルの神であることを
あなたが知るためだ。
わたしのしもべヤコブ、
わたしが選んだイスラエルのために、
わたしはあなたをあなたの名で呼ぶ。

あなたはわたしを知らないが、
わたしはあなたに肩書きを与える。
わたしがである。ほかにはいない。
わたしのほかに神はいない。
あなたはわたしを知らないが、
わたしはあなたに力を帯びさせる。

それは、日の上る方からも、西からも、
わたしのほかには、だれもいないことを、
人々が知るためだ。
わたしがである。ほかにはいない。
わたしは光を造り出し、やみを創造し、
平和をつくり、わざわいを創造する。
わたしは、これらをすべて造るもの。」

「天よ。上から、したたらせよ。
雲よ。正義を降らせよ。
地よ。開いて救いを実らせよ。
正義も共に芽生えさせよ。
わたしは、わたしがこれを創造した。」(イザヤ45:1-8)


* * *
 
… この命令を受けた看守は、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた。
真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。(使徒16:25-26)


* * *
 
何かとてつもないことが起ころうとしている。私の心はそれを待ち望んでいる。聖徒らの集いが芳しい祈りの香となり、賛美の歌となって、天に立ち上る時を。それにより、神が栄光を受けられ、御国がこの地に引き下ろされる時を。獄屋のとびらは開かれ、鎖は解かれ、捕われ人は解放され、悲しむ者は慰められ、悲しみの代わりに喜びの油が注がれ、憂いの衣の代わりに賛美の外套が着せられるだろう。

私たちの心はいつも霊的戦いの最前線である。燃える柴の内側へ飛び込み、聖徒らの集いに集うために、どれほど大きな戦いが繰り広げられ、代償を支払わされて来ただろう。神は全てを焼き尽くす火である。愛は死のように強く、妬みは墓のように残酷である。一体、なぜこれほどまでに激しい戦いが繰り広げられねばならないのかと思うほど、戦いは激しかった。

しかし、その戦いも一つの終局にさしかかっている。私たちの目の前には「完了した」という地が見えている。約束の地だ。私たちはこれを征服するだろうか? 何によってこの地を征服するのか。エリコを攻略したときの声、キリストの勝利を大声で告げ知らせる賛美の歌声によってだ。子羊の血潮とあかしの言葉によって敵に打ち勝ち、主の勝利を宣言する賛美の歌声によって、敵に攻め取られた領土を回復するのだ。

今、ちょうどパウロとシラスが獄中で捧げた賛美のように、聖徒らの賛美が一つに結集して天に届き、地を震わせようとしている。主イエスの勝利を歌うかちどきの声により、地の基は揺れ動き、御国が地上に引き降ろされるだろう。その時、主の正義が激しい雨音をとどろかせるようにこの地に降り注ぎ、捕われ人は解放され、心傷ついた者は癒され、悲しむ者は慰めを受けるだろう。義に飢え渇いている者は飽き足り、柔和な者は地を相続し、地は救いを実らせ、正義と賛美を芽生えさせるだろう。

そのとき、御国の統治がこの地に到来する。十字架で死なれ、葬られ、よみがえり、天に上げられ、御座に着かれた主イエスご自身が私たちと共にいて慰めてくださる。私たちは主と共に統べ治める者とされ、喜びの油を注がれて、魂は御前に歌う。聖徒らは正義の外套、救いの衣を着せられ、花婿のように栄冠をかぶり、花嫁のように宝玉で飾られる。先には恥を受け、荒れ果てて廃墟となった町は、建て直されて、喜びに満ちる。先の恥に代えて、二倍の祝福を受けるからだ。そして、全地にただお一人、神である方の名が告げ知らされ、主の御名だけが高く掲げられる。主はまことに誉むべき方、賛美されるべき方、とこしえに栄光を受けられるにふさわしい方だからだ。

* * *

「遠い大昔の事を思い出せ。
わたしが神である。ほかにはいない。
わたしのような神はいない。
わたしは、終わりの事を初めから告げ、
まだなされていない事を昔から告げ、
『わたしのはかりごとは成就し、
わたしの望む事をすべて成し遂げる。』と言う。
わたしは、東から猛禽を、
遠い地から、
わたしのはかりごとを行なう者を呼ぶ。
わたしが語ると、すぐにそれを行ない、
わたしが計ると、すぐそれをする。

わたしに聞け。
強情な者、正義から遠ざかっている者たちよ。
わたしは、わたしの勝利を近づける。
それは遠くはない。
わたしの救いは遅れることがない。
わたしはシオンに救いを与え、
イスラエルにわたしの光栄を与える。」(イザヤ47:9-13)


* * *

「バビロンから出よ。カルデヤからのがれよ。
喜びの歌声をあげて、これを告げ知らせよ。
地の果てにまで響き渡らせよ。
「主が、そのしもべヤコブを贖われた。」と言え。
主がかわいた地を通らせたときも、
彼らは渇かなかった。
主は彼らのために岩から水を流れさせ、
岩を裂いて水をほとばしり出させた。
「悪者どもには平安がない。」と主は仰せられる。(イザヤ48:20-22)


* * *

「目を天に上げよ。また下の地を見よ。
天は煙のように散りうせ、
地も衣のように古びて、
その上に住む者は、ぶよのように死ぬ。
しかし、わたしの救いはとこしえに続き、
わたしの義はくじけないからだ。」(イザヤ51:6)


* * *

「良い知らせを伝える者の足は
山々の上にあって、なんと美しいことよ。
平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、
救いを告げ知らせ、
「あなたの神が王となる」と
シオンに言う者の足は。

聞け。あなたの見張り人たちが、
声を張り上げ、共に喜び歌っている。
彼らは、がシオンに帰られるのを、
まのあたりに見るからだ。
エルサレムの廃墟よ。
共に大声をあげて喜び歌え。
がその民を慰め、エルサレムを贖われたから。
はすべての国々の目の前に、
聖なる御腕を現わした。
地の果て果てもみな、私たちの神の救いを見る。」(イザヤ52:7-10)


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